札幌から列車で稚内へ向かう~利尻島・礼文島旅行記①~

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2018年夏、関東地方を記録的猛暑が襲います。

 

焼けるような日の光に、アスファルトの照り返し、室外機の熱風。

 

8月下旬、僕はその暑さから逃れるようにして、北海道へと向かいました。

 

行き先は、利尻島と礼文島

 

(※どこそれ?って人のために地図を載せます)

 

↑このへん

 

いやもう、ここまで行けば絶対涼しいだろ!

 

という発想で、まだ見ぬ最北の島、利尻島と礼文島に行くことにしました。

 

鉄路で札幌から稚内へ

 

夜の便で千歳空港入り。最終の小樽行き快速エアポートに飛び乗り、札幌駅のホームに降り立って、久しく忘れていた「涼しい」という感覚を肌に受けながら、ホテルに向かいます。

 

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そして翌朝、札幌駅から稚内行きの特急列車に乗り込み、ひたすら北上。

 

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↑特急「宗谷」。岩見沢までやたら混んでました。

 

稚内までは約5時間!遠し!

 

さすが北海道、でっかいどうである!

 

列車が旭川を過ぎて宗谷本線に入ると、車内アナウンス。

 

この先、野生動物の多数生息する地域を走行します。やむを得ず急ブレーキをかけたり、急停止をすることがあります

 

さすが、北海道である!

 

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↑ひたすら天塩川沿いを行く

 

ウトウトまどろんでいるうちに、列車は山地を抜け、サロベツ原野へと突入。

 

このサロベツ原野、北へ行けば行くほど何もなくなります。見渡す限りの原野です。

 

途中、車窓からこれから行く利尻島が見えます。

 

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↑列車からうっすら見える利尻島の利尻富士

 

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↑サロベツ原野の海沿い

 

宗谷本線の車窓はなかなか旅情があります。北海道ならでは広大な大地を堪能できます。

 

日本最北端の街・稚内

 

サロベツ原野の大草原から突然現れるのが稚内(わっかない)の街。

 

日本最北端の街です。人口は約3万人。

 

「稚内(わっかない)」という名前は、アイヌ語の「ワッカナイ(冷たい水の川)」が語源。

 

街の歴史は、1685年(江戸時代)に松前藩が北方警備やアイヌとの交易の場として、「宗谷場所」を開設したのがはじまりだそうです(稚内市HP「稚内のあゆみ」参照)。約400年の歴史を持つ街です。

 

ちなみに稚内に訪れるのは今回で二度目。約10年ぶりです。

 

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稚内駅は、乗り場が一つだけのシンプルな造り。前来たときはもっと大きなホームでしたが、小さく作り替えた模様。

 

北海道の最北端であり、日本の最北端に位置する駅。

 

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ここで線路が終わります。日本の一番端っこ。

 

ここから鹿児島まで線路がつながっていると思うと、ロマンを感じますね(自分だけ?)。

 

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駅舎の外に、元々の線路止めが残されています。ちなみに駅舎も最近建て替えたようです。

 

ここ稚内から、船で利尻島に向かうことになりますが、出航までだいぶ時間があるので、しばし稚内を散策します。

 

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北防波堤ドーム。

 

駅のすぐ近くにあります。野宿スポットとしても有名で、夏になるとツーリング旅行者たちがここにテント張って寝泊まりしています(ただし現在は改修中のため立ち入り禁止になってました)。

 

防波堤ドームの中の写真も撮りたかったのですが、工事中の看板やらがあって雰囲気台無しだったんでやめました(笑)。

 

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駅周辺は寂しい感じ。ほどよくすたれておりました(笑)

 

まあ、街の商業圏は郊外に移っているんでしょうね。地方都市あるあるです。

 

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北門神社の鳥居。ここから展望スポットに行けるそうなので、参拝がてら行くことにする。

 

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北門神社。1785年からあるとのこと。およそ200年の歴史があります。

 

当時は、この街はどんな姿だったんでしょうね。

 

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やはり北海道の神社は、屋根のデザインが古代式です。

 

ちなみに、北門神社から展望スポットに向かう途中の山道で、エゾシカを見ました。

 

一瞬過ぎて写真撮れず。けどテンションが上がる。

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↑稚内の街

 

展望スポットからは稚内の街を一望できます。

 

そして、ここには「九人の乙女」の石碑が鎮座しています。

 

昔、ここ稚内と目と鼻の先にある、樺太で起こった悲しい逸話にまつわる石碑です。

  

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戦前、樺太の南半分は日本の領土でした。

 

↑樺太(サハリン)

 

1945年8月9日、そこにソ連が突如として侵攻してきます。

 

当然、樺太に住んでいた日本人は皆、北海道に向かって逃げます。しかし真岡郵便局で、電話交換手として働いていた女性たちは逃げずに残り続け、ギリギリまで現地の状況を発信し続けます。純粋に「誰かがやらねばならない」という使命感からだったのでしょう。

 

そして8月20日、真岡にソ連軍が上陸し、真岡郵便局も銃撃を受け始め、いよいよダメだと悟った9人の女性たちは、

 

皆さん これが最後です さようなら さようなら

 

という言葉を発信し、自ら命を絶ちます。その最後の言葉が石碑に刻まれています。

 

ちなみに、この出来事が起こったのは1945年8月20日。いま、僕らは8月15日を「終戦の日」だと思っていますが、実は8月15日より後にも、日本軍は樺太や千島でソ連軍を相手に戦っていました。ソ連軍の侵攻が終わるのは8月28日なので、実質その日までは戦争が続いていたといえます。

 

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その後、山をくだってフェリーターミナルへと向かいます。

 

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ここからいよいよ利尻島行きのフェリーに乗ります。

 

つづき

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